沿革
駒本小学校の前身
明治 9年 3月、東京市駒本尋常小学校として開校 児童数68名 場所 駒込追分30番地(現、浩妙寺脇) 明治21年 駒込肴町16番地(現、都立向丘高校付近)に移転 大正12年 9月1日、関東大震災に遭うが、学校は無事だった 昭和20年 4月13日の空襲により校舎が焼失 児童は昭和・誠之・汐見小にわかれる 昭和21年 閉校となる
駒本小学校
昭和29年 駒本小学校の復興を願う地域の人々の努力により、 新設校として現在の地に新設校として開校 場所 文京区向丘2丁目37-5 児童数186名 初代 瀬戸 尊 校長就任 昭和32年 鼓笛バンドがアジア大会都代表として開会式に出場 昭和33年 校旗制定・校歌制定 昭和34年 第1回卒業式(54名卒業) 昭和35年 2代 渡辺 治雄 校長就任 昭和36年 プール完成 昭和37年 体育館竣工 昭和39年 特殊学級併設 放送教育優秀実践校全国表彰を受ける 昭和40年 3代 板橋 ひさ江 校長就任 昭和44年 文京区健康体育協力校研究発表 4代 内田正男校長就任 健康教育研究発表会 昭和45年 校舎改築第1・第2・第3期工事 昭和47年 5代 加藤 正太郎 校長就任 昭和48年 校庭新舗装完成(オールウェザー) 昭和50年 文京区研究協力校研究発表会(国語・社会・理科) 6代 関 宰 校長就任 昭和53年 文京区実践研究協議会で「普通児と身障児の交流」研究発表 昭和54年 7代 淺沼 くみ 校長就任 昭和55年 文京区教育研究奨励賞(体育)受賞 昭和57年 文京区教育研究奨励賞(国語)受賞 昭和59年 8代 鈴木 昇 校長就任 開校30周年記念式典挙行 昭和62年 文京区研究協力校(算数)発表会 9代 原 正利 校長就任 昭和63年 文京区教育研究奨励賞(国語)受賞 平成 元年 機械警備開始 開校35周年記念式典挙行 文京区教育研究奨励賞(理科)受賞 平成 2年 10代 須藤 洋 校長就任 平成 4年 東京都教育研究奨励賞(国語)受賞 東京都ボランティア推進協力校指定(3年間) 平成 5年 東京都人権尊重教育推進校指定(3年間) 平成 6年 開校40周年記念式典挙行 平成 7年 11代 渡部 早苗 校長就任 平成 8年 東京都教育委員会人権尊重教育推進校研究発表会 コンピューター室新設 通級指導学級「コミュニケーションの教室『いずみ』」開級 平成 9年 ボランティア活動優秀賞受賞 平成10年 東京都教育委員会人権尊重教育推進校研究発表会 全国情緒障害教育大会にて「いずみ」教室施設公開並びに研究発表会 平成11年 12代 森 秀一郎 校長就任 開校45周年記念式典挙行 平成13年 文部科学省研究開発学校(特別支援教育)指定(3年間) 平成14年 読書指導について東京都教育委員会表彰 文部科学省研究開発学校中間報告会実施 鼓笛隊・白山まつりオープニングパレード出演(以後毎年) 平成15年 文部科学省研究開発学校(特別支援教育)研究発表会 平成16年 開校50周年(創立128年)記念式典挙行 平成17年 13代 泉 宜宏 校長就任 平成18年 鼓笛隊・「社会を明るくする大会」で演奏 平成19年 都学校保健歯科・区学校保健優良校 受賞 スクールガード活動開始 「JFAこころのプロジェクト」元全日本岩本輝雄選手来校 平成20年 学校支援地域本部 活動開始 「スーパーハウジングフェア」事業で高円宮妃殿下が来校 平成21年 14代 佐藤 明彦 校長就任 校庭遊具改修 開校55周年記念式典を挙行 平成22年 東京都総合防災訓練会場となり、石原都知事が来校 平成24年 15代 石坂 惠美子 校長就任 平成25年 特別支援学級「むくの木」開級 平成26年 開校60周年(創立138年)記念式典挙行 平成27年 16代 田中 克昌 校長就任 オリンピック・パラリンピック教育推進校 平成28年 文京区研究協力校指定(2年間) 平成29年 文京区コミュニティ・スクール指定 文京区教育研究協力校 「インクルーシブ教育システムの構築」研究発表会 平成30年 東京都プログラミング教育推進校指定(2年間) 令和 元年 17代 吉岡 淳 校長就任 開校65周年(創立143年)記念式典挙行 東京都プログラミング教育推進校研究発表会 新型コロナウィルス感染症のため3月2日より、臨時休校 令和 2年 新型コロナウィルス感染症拡大防止のため4月7日より、臨時休業(~5月31日まで) 6月1日より分散登校開始 1学期 終業式(7月31日) 2月 駒本小学校学校支援地域本部(現 地域学校協働本部) 文部科学大臣表彰 令和 3年 GIGAスクール構想開始
登録日: 2019年7月30日 /
更新日: 2021年6月3日